炎上ベビーカー記事のやり方は、バットマンに出てくるジョーカーみたい

ベビーカーの記事が大炎上

例のベビーカー記事の件。ああいう炎上の手口を見てると映画「ダークナイト」に出てくるバットマンの宿敵、ジョーカーを思い出す。

大炎上「日本男子は、なぜベビーカー女子を助けないのか」と無意識の圧

秩序があるところに火を放って混沌を生み出して注目させて、人の心を揺さぶり、自分の思いを達成するやり方に似てるなあ、と。

ややこしいのは、その混沌もジョーカーが全部作ったものじゃなくて、実は社会の中に元々あったものなんだよね。でも多くの人はそれを認識しつつも秩序が好きだから小さな矛盾や混沌は無視しながら生きてる。

ジョーカーはそういう社会の小さなモヤモヤを”増幅”する。

映画で描かれた「混沌」

映画「ダークナイト」ではこんなシーンがあった。

ジョーカーは船を2隻用意し、片方に囚人達、片方に善良な市民達を無理矢理乗せる。そして船にそれぞれ爆弾を仕掛ける。その起爆装置はお互いが持っている。

もし自分が押せば、もう片方の船は沈むが自分達は助かる。どちらも押さずに12時になったら2隻とも爆破する、と伝える。2隻の間に通信手段はない。

そこで”善良な市民”達は、思うわけ。

「あいつらは囚人なんだし、死んだって当然だ」と。

ジョーカーは、市民達の心の中の差別意識、ほんの小さな”負の感情”を大きく増幅させて、対立構造を作りあげる。そしてそれを面白がって見てる。

善良な市民達は、民主的に多数決を取ることにする。で、「起爆ボタンを押す」が多数派になる。民主的に、囚人達を大量殺人することが”正当な行為”にまでなってしまうんだ。

まあでも、それでも市民もボタンを押せず、囚人は持ってる起爆装置を海に捨てて、ジョーカーの目論見は失敗するんだけど。

ここでは、ジョーカーは正義のヒーローであるバットマンではなく、一般の民衆に敗北する。

騒ぎ立てたら、炎上主の思うつぼ

つまり、なにが言いたいかっていうと、ジョーカーという炎上主の思うツボになるなんて面白くないじゃん、ってこと。

特定の相手に負の感情を抱いて、そのネガティブな気持ちをどんどん表明していくだけだと、あとはそれが悪循環でみんなの間でどんどん増幅していって、そのうち”民主的”にボタンを押す事態にもなりかねない、っていう。

映画では、緊迫した船内で皆精神的にギリギリの状況の中、善良な市民の一人がこう言う。

「我々はまだ生きている」

まだ生きている、つまり相手は自分たちのことを信じてくれている、と。
それで、船内の空気がガラッと変わる。

結果的にみんなが得をする行動って、こういうことを発言することなのかも。

僕ら大人が社会のために表明すべきはこういうポジティブな言葉なのかもしれない。

「うちらは悪いことしてないけど相手は社会的に迷惑かけてるから、うちらの方が上の立場だ」

「こっちだって好きでやってるわけじゃない!」

「そもそもジョーカーが悪い、あいつは人間のクズだ」

こんなことを言ってたってしょうがないし。事態は変わらないし。むしろ空気悪くなって悪化するし。

悪い感情より、良い感情をシェアしよう

せっかくSNSでいろいろシェアできる時代なんだから、ベビーカー関連であった悪い思い出をいろいろ語るよりも、席を譲ってもらったり、階段を上る手伝いをして感謝されたような良い経験をたくさんシェアして

「あ、でも、結構世の中捨てたもんじゃないよね」

ってなった方がいいよね、きっと。