「俺も専業主夫になりてぇなあ」と舐めた発言をする人へのモヤモヤ

(記事提供、掲載メディア:『スマダン』) 
「俺も専業主夫になりてぇなあ」と舐めた発言をする人へのモヤモヤ

「俺も主夫になりてぇ~」

専業主夫をやっていると、よく他の男性から「いいなぁ、俺も専業主夫になりてぇなぁ」と言われます。

まあこういうことを言うような男性は大概本気でなるつもりはなく、むしろ「主夫は働かなくて生活できるヒモ」くらいにしか思っていないもので、言われた方としては、自分の職業が舐められているような気分になりちょっとモヤモヤします……

しかし、こういう男性にこそ、僕は「主夫になりたいなら、なればいい」と言っています。なぜなら、働かない男を否定する気持ちが自分の中にあると、いざ自分が働けない存在になった場合、生きる意味を失うくらい落ち込んでしまうからです。そう、かつての僕がそうであったように。

僕は今でこそ主夫の社会的意義や価値を理解することができ、誇り高い職業という認識が持てましたが、昔はそこら辺にいる「主夫になりてぇ~(本当は絶対になりたくねぇ~)」と言っている男の一人でした。

「仕事をしてない」だけで自殺まで考えた

そんな僕が、体調を崩し会社をやめざるを得なくなり、主夫以外の選択肢がない状況になった時、本気で自殺を考えました。もう少し詳しく言うと、死ぬことすら面倒で、死にたいというよりも「消えてしまいたい」という思いでいっぱいでした。
仕事ができない自分は、なんのために生きているの?
と生きている意味を全く感じられず、毎日が死ぬほど辛かったです。

最後の会社を辞めた時、ちょうど妻が育休で休みだったということもあり、僕は仕事もせず、かといって家事や育児に手もつけられず、1カ月くらい寝込んでいました。動ける時は近所の河原でぼーっと川を眺めていたり、あとはパチンコ・パチスロに入り浸っていました。これだけ聞くと、最低の夫・父親ですね……しかし当時は自分自身の現実逃避で精一杯で、家族や周りのことを考える余裕なんてありませんでした。

今振り返ると不思議なものです。生活ができないわけじゃない、衣食住に困っているわけでもない、ましてや仕事や人間関係で毎日ストレスを与えられ続けているわけでもない、それでも「仕事をしていない」というだけでこんなにもうつ状態になったのです。

自己実現を仕事に全振りした結果

こうなった原因を自分なりに考えてみましたが、それは「なりたい自分」と「現実の自分」のギャップなのではないか、と思っています。

自分の中に「働く男はカッコいい、カッコいい男になりたい」という自己実現の欲求があり、今までは働くことで自分の「なりたい自分」の欲求を満たせていたのですが、僕の場合、自分の自己実現の欲求を「働く」ということに全振りしていたので、失った時のショックも大きく、仕事を取ったら自分にはもうなにも残っていない、と思ってしまったのです。

一歩引いて考えれば、労働なんてのは生きていくためにする行為の一部に過ぎず、その他に大切なものはたくさんあるのですが、それに気づくまでにかなりの時間を必要としました。

主夫の価値、やってみないとわからない

主夫の生活を嫌々ながらも始め、次第にその意味を知り、やりがいを感じるようになっていき、僕の認識は少しずつ変わっていきました。なんでもそうですが、やってみないとわからないことってありますよね。主夫業も、やる前のイメージとやった後のイメージは全然違ったものでした。

その気づいたことはたくさんあって、このコラムだけでは書ききれませんが、あえて一つ挙げるとするならば「数字で表せない価値」の重要性です。

たとえば、子供が熱が出た時に病院に連れて行くこと。子供を病院に連れて行くのは大変なことです。もしかしたら大したことがなく、連れて行かなくても自然と治る可能性もあります。しかし治らない場合を想定して、よりリスクが少ない選択をします。

たとえば、近所のママ友と仲良くなること。新しい人間関係を構築していくのは時として面倒事も生みます。しかし子供同士が喧嘩などトラブルになった時、その親と面識があるだけで断然解決は容易になります。もしかしたらうちの子供は全く周りの子とトラブルを起こさない可能性もあります。しかし、なにかあった場合を想定して、よりリスクが少ない選択をします。

このように主夫の仕事の多くは「リスクヘッジ」なのです。リスクヘッジに時間と労力を割くことは、数字の結果として表れないことがほとんどで、どんなにリスクヘッジを頑張った結果「なにもトラブルが起こらなかった」としても、それは多くの場合「アタリマエのこと」として、その努力は認識すらされません。しかし、このリスクヘッジの積み重ねは確実に家族の生活をより良いものにしていきます。

主夫は誰にでもできる仕事ではない

他の多くの職業同様、主夫業は万人に向いている職業ではありません。人によっては向いていない、その意味や面白さを感じられない人もいるでしょうし、そういうものだと思います。

ただ、やってもいないのにその価値を決めつけてしまうのはもったいないことです。「男は主夫になるものじゃない」という根拠のない理由で否定するのではなく、主夫業は常に未来を読み、リスクを想定し、適切に対処し、家族を幸せに導く職業と客観的に見ることで、全く違った捉え方ができるはずです。

主夫になりたい方も、絶対になりたくない方も、一度「家族を支え、数字に頼らずに自分を認められる自分」を想像してみてください。「意外と悪くないかな」と思えたら、きっと貴方は向いています!